最新鋭蒸気機関車を描く掛紙

画像は、昭和11年11月1日に山陽本線糸崎駅の濱吉商店が販売した「上等御弁当」の掛紙。
大正時代後半から昭和戦前期の掛紙には、全国的に秀作のものが多く見られるのですが、本品もそうした中の1枚だと思います。

背景に描かれているのは、海に島々が浮かぶ瀬戸内海の光景で、上空には数羽のカモメが飛び、そして、左上には赤い実を沢山実らせた、秋の味覚である柿の木が配されています。
ここまでの図案ならば、どこにでもある掛紙の一種ですが、本掛紙の凄いところは下部に流線形の蒸気機関車が描かれている点。
鉄道に興味のある方ならば、この絵を見ればすぐにピンと来ると思いますが、そうでない方だと「日本にこんな形の蒸気機関車があったの?」と、思われるのではないでしょうか。

この絵のモデルは、昭和10年から62両が製造されたC55形蒸気機関車のうち、21両のみ製造された流線型仕様のもの。
この流線型仕様のタイプは、昭和11年から配備が始まったので、この掛紙の時期とピタリと一致。当時、最新鋭の蒸気機関車として、それだけインパクトが強かったのでしょう。
広島機関区にも新製配置されているので、その近傍の駅弁販売駅であった糸崎駅でも見ることができました。そのような経緯から、掛紙にいち早く取り入れられたものと考えられます。

蒸気機関車の形に流線形を取り入れる手法は、当時、欧米で競われた鉄道高速化の一つの手法で、実際150から200キロ程度で走行する機関車が多数存在しました。
日本のばあいは、線路規格や路盤の状態などから100キロ程度までが当時の限界でしたので、流線形の恩恵に預かれることは無く、それに加え全体を覆う流線形カバーのため保守・点検に余分な労力が必要となることから、定着することはなく、早々に一般的な形に戻す改造が行われました。
こうした、背景からも掛紙にC55型流線形が描かれた時期は短く、本品は貴重な掛紙と言えます。