「あきあじ」と駅弁

8月中頃にSNSを中心に駅弁ネタで盛り上がった崎陽軒の「シウマイ弁当」。
1日の調整数が日本一であるだけに、その食材調達には大変なものがあるのでしょう。
伝統の「鮪の漬け焼き」が安定的に提供できないので、8月17〜23日に限り「鮭の塩焼き」に変更とのこと。

「さぁ、これは大変!」と言わんばかりに各売店には、お客が殺到。
そして、長蛇の列。
もちろん、売切れで買えない人も続出。
なんと、その状況がニュースに取り上げられるほどでした。

鮪が鮭に変わっただけで、まぁ、すごいですね。
ちょっと私には理解不能ですが、当の崎陽軒も想定外のことだったと思います。

ところで、今日から9月に入り秋です。
陽射しはまだまだ強いですが、吹く風からは秋が感じられるようになりました。

秋といえば「あきあじ」という言葉をご存知でしょうか?
食に関心がない方には、「秋に捕れる鯵のこと?」とか「秋の味覚?」と思われてしまうのですが・・・。

正解は「秋に捕れる鮭」。
鮭は1年中出回っている魚ですが、秋になると産卵のために海から川を遡っていきます。
この産卵の時期の鮭が、身に脂が一番のっているので最も美味しいとされ、それを「あきあじ」と呼んでいるわけです。
最上のものは、川に入る直前のものだそうです。

この「あきあじ」という言葉は、アイヌ語の「アキアチップ」(秋の魚という意)が転化したと言われています。
そう言えば、鮭と言えば北海道を中心に東北や新潟辺りまでが、名が通った産地ですね。

『包丁書録』という慶安5年(1652)に出版された本には「奥州の衣川、叉越後の国、是れ鮭の名所なり」としています。
また、天保8年(1837)出版の『北越雪譜』には「鮭は五畿内西国で出る話を聞かない」「松前や蝦夷地が最も多い」「越後、信濃、越中、出羽、陸奥で捕れ、常陸でも捕れる」「江戸には利根川があるが、捕れる量が少ないので、初鮭は初鰹の値段に匹敵する」とし、江戸ではシーズン初物の鮭が高価に取引されていたことを伝えています。
このことから、江戸時代には「あきあじ」が、特別なものであったことがわかります。

画像1は函館本線長万部駅の「あきあぢめし」の掛紙。
漢字で「鮭飯」と書いて、「あきあぢめし」と読ませています。
「賀正」のロゴマークが入った、昭和40年頃の正月販売用特別バージョンの掛紙。

画像1

蓋を開けると、画像2のスケッチのように真っ先に目に入るのが、でーんと鎮座した鮭の切身。
さすが鮭を売りにしている駅弁だけあって、幕の内弁当に入っているショボい切身ではありません。
しかも、意表を突いた調理の仕方。

駅弁の鮭といえば焼物しか頭に浮かばないのですが、ここの鮭は揚げたものを甘辛いタレに漬け込んだ独特のもの。
鮭というのは、ちょっと自己主張が強い味がするものですが、それがうまい具合に甘辛いタレと絡み合い、「こういう食べ方があったのか!」と妙に感心する仕上がりとなっています。

この揚げ鮭が、今では「あきあぢめし」に欠かせないメインディッシュとなっていますが、昭和40年前後の頃は、日により揚物であったり、焼物であったりと異なっていました。
それが、いつの頃からか現在の定番スタイルに。

ご飯の上には、一度蒸した鮭をほぐしてタケノコと合わせて煎ったフレイクが掛けてあり、その調整法は、同じ長万部駅の名物駅弁「かにめし」と同じです。

画像2

このほか、今は廃線となってしまった日高本線(現在は苫小牧〜鵡川間のみ営業)様似駅にも「鮭弁当」(画像3)があり、「鮭」を「あきあじ」と読ませていました。

画像3

また、根室本線池田駅では平成の始め頃に駅弁から撤退してしまった黒澤屋が、そのものズバリ「あきあじ辧当」を販売していました。

北海道では、現在、過去を問わずに多くの鮭を取り入れた駅弁が一年を通して販売され、その品名の中の鮭の表現には「鮭」「さけ」「サーモン」など、いくつもあります。
そうした中にあって、「あきあじ」という聞き慣れないネーミングこそ、鮭の旨味と生態を的確に表現した名称ではないでしょうか。