飛魚と駅弁

6から7月になると、魚屋の店先に飛魚(トビウオ)が並んでいるのを見ることがあります。
この飛魚、名前のとおり海面を飛ぶ魚ですが、なかなかその場面を見たことがある人は少ないと思いますし、実は筆者もその一人です。
海面から2〜3メートルの高さで、100〜300メートルほども飛ぶそうですが、多くの人が鳥のような羽だと思っている部分は、発達した胸ビレだそうです。

飛魚を食用とすることで意外だったのは、太平洋戦争中の日本海軍の潜水艦。
長期間出撃する狭い潜水艦での食生活で困るのは、新鮮な食べもの。
それを補う一つが飛魚で、潜水艦が海面に浮上した時に甲板に飛び込んできた飛魚を、拾い集めてご飯の御菜にするわけです。
その様子が、「轟沈 印度洋潜水艦作戦記録」という日本海軍製作の映画に出てくるのですが(画像1)、もう必死に飛魚を拾い集める水兵の姿が、戦争中とは言えなんとも微笑ましい映像でした。

画像1 潜水艦の甲板上の飛魚

そうした飛魚ですが、極少数の駅弁で食材として使われていました。
現役の商品では、山陰本線鳥取駅のアベ鳥取堂の「あご寿し」(「あご」は飛魚の別名)が、唯一のもの。
元々は「飛魚の押し寿し」として季節販売していたものですが、今は年間を通して買うことができます。

画像2 松江駅一文字屋「あご弁当」

画像2は、山陰本線松江駅で一文字屋がかつて販売していた「あご弁当」。
掛紙に描かれた飛魚が良い感じを出していますが、蓋を開けると飛魚が意表をついたそぼろご飯となっていました。
飛魚自体の味は淡泊なので、砂糖と醤油ベースで煮込んだ味付けで、ご飯を食べさせるもの。
一文字屋の、この駅弁へのこだわりが伺えたのが、少ない御菜の中にあった竹輪。
竹輪はタラやホッケなどで作られる事が多いのですが、「あご弁当」の竹輪は飛魚を使っていました。
飛魚に、とことんこだわった駅弁が「あご弁当」だったのです。

このほか、北陸本線敦賀駅で平成の初期の頃まで販売されていた「四季寿し 磯のつぬが」の春・夏バージョンに飛魚が使われていましたが、残念ながら終売となっています。

画像3 鳥取駅アベ鳥取堂「あご寿し」

もともと種類が少なかった飛魚の駅弁も、今では更に減り鳥取駅の「あご寿し」(画像3)でしか味わうことができなくなってしまいました。
皆さんの中に、もし鳥取へ行かれるご用がありましたら、ぜひ珍弁「あご寿し」を食べられることをお勧めします。
普段、なかなか口にすることがない、飛魚の淡泊な味わいを楽しむことができます。