私が子供の頃ですから昭和40年代、50年代は、10月になると食卓にサンマがよく並びました。
たぶん、1匹が数十円だったような・・・。
そして、あまりにもしょっちゅう出るので「あー、またサンマかぁ・・・」なんて贅沢にも思ったものです。
しかも、いま見るように細く痩せ細ったサンマではなく、丸々と太った上物。
そんなサンマが、ジュージューと脂が焼ける音を立てながら、外にまであの独特な匂いを漂わせるのですが、そんな匂いを嗅ぎながら秋を感じたものです。
サンマの焼ける匂いと、オレンジ色に染まった秋の夕暮れよく似合います。
脂の乗ったサンマが美味い事の例えの一つに、古典落語の「目黒のさんま」があります。
目黒まで鷹狩りに出た将軍が、お腹を空かせた時に漂ってきたのがサンマを焼く匂い。
将軍に命ぜられた家来が、農家から焼けたサンマを譲り受け将軍に食べさせたところ、これが実に美味かった。
将軍は帰城後もサンマの美味さが忘れられず、家来が魚河岸まで出向き購入して調理するのですが、焼くと脂が出て身体に悪いからと、蒸して脂抜きをしたものを出したところ、それがちっとも美味しくない。
そこで将軍が一言。「サンマは目黒に限る」と。
つまり、サンマは脂があってこそ美味いということを、落語で語ったわけです。
初秋になり、サンマの便りが聞こえて来るのは決まって北海道のサンマ漁。
オホーツク海付近で回遊しながら大きくなったサンマが初めて獲れるのが根室付近で、これが丸々と太って一番美味しい。
その後、産卵のため寒流に乗って南下するのですが、南下にともなって脂が抜け細くなっていきます。
そんな、南下中の細くなりつつあるサンマを駅弁に利用したのが、紀勢本線新宮駅の構内営業者であった有限会社丸新が販売していた「さんま鮨」。
11〜4月の季節弁当として、駅弁では唯一のサンマを主題としたものでしたが、2013年に調整元の廃業とともに、残念ながらも消滅。
この「さんま鮨」。
食べたことがある人ならば分かるかと思いますが、サンマを名乗る割にはサンマらしくない一面を持ち合わせたもの。
冒頭で記したように「サンマは脂が命」的なところが少なからずあるのですが、この「さんま鮨」は、その脂の乗りがよくないと言うか、どちらかと言うとサッパリ系。
つまり、脂が乗ったサンマが南下するにつれ脂が無くなり、紀伊半島近海に来る頃には北海道のサンマとは似ても似つかぬ味になっているという性質を逆手にとり、商品化したものと言えます。
そこに、この「さんま鮨」が有名駅弁の一つとなった秘訣があったのでしょう。
たぶん、北海道産の脂が乗りに乗ったサンマでは、鮨には向かないと思います。
脂が抜けたサンマだからこそ、酢で締めた鮨として、美味しく仕上げられたものと思います。
終売となってしまったのが、残念な一つに上げられる駅弁です。