掛紙にも決まりがあった

今日は、ちょっとお堅い話し。

国鉄からJRへと変わり、早いもので三十数年。
この間に、国鉄から受け継がれた事柄の廃止や、大きく変更された制度が数多くあります。
そのようなものの一つに駅の構内営業があり、不動産に大きな収入源を見出したJRにより、以前には考えもしなかった構内営業の形態が展開されているのは、皆さんもよくご存知のことだと思います。
そうした波は、構内営業の一つの柱でもあった駅弁業者にも大きな影響を与え、現状では多くの駅弁業者が事業から撤退せざる得ない状況に追い込まれています。

もともと構内営業には、極めて多岐にわたる強い規制がありました。
もちろん、その規制自体が長い国鉄(戦前の鉄道院、鉄道省時代も含む)の歴史の中で、絶えず変化していたことは言うまでもありません。
今回ご紹介するのは、そのような規制の一つとして、大正時代後期の駅弁掛紙についての規則の話です。

筆者の手元に、大正13年8月に発行された『停車場構内営業規程』があります。
これは、構内営業者が守るべき規則を記したもので、これを根拠に構内営業が統率されていました。
この中には駅弁に関する規則も多く記されており、それを読むと調理場の面積や調理具の消毒方法、献立、中身の量、容器の形に至るまで、実に細かく規制されていことがわかります。
そうした細かな規制の中に、掛紙についての規則もありました。

下の画像は、大正9年に使用された東海道本線大津駅萩乃屋の掛紙です。
この掛紙を参考事例として、定められた規則を見て行きたいと思います。

『停車場構内営業規程』の中で駅弁掛紙について出て来るのは、以下の条文になります。
第五十三條 弁当、鮨及「サンドウイッチ」等ニ用フル営業人調整ノ包紙ニハ左ノ事項ヲ鮮明ニ印刷スルモノトス
一 種類、等級、売価及営業人ノ商号
二 其ノ駅附近ノ名所又ハ旅客ノ案内トナルヘキ事項但シ広告ニ類スルモノヲ除ク
三 調整ノ日、時
「本品に付御気付の点がありましたら餘白又は裏面に御認めの上鉄道係員に御渡し下さい」
ここでは、
・弁当の種類
・値段
・業者名
・駅周辺の観光地案内
・調整日時
・苦情申立の方法
これらを掛紙に明記することと定めています。

第五十四條 弁当ニ用フル営業人調整ノ包紙ニハ左ノ色紙ヲ使用スルコトヲ要ス
一 上等弁当 淡黄色
二 並等弁当 淡紅色
・この條では、普通弁当(今の幕の内弁当に相当)は、等級によって紙色を淡黄色と淡紅色に変えることとしています。

第五十七條 壜、罐詰、丼物、鉢物、折詰及曲物等ニハ外部適当ノ箇所ニ不体裁ナヲサル様左ノ様式ニ依リ注意紙ヲ貼付スルコトヲ要ス
「御注意 壜、罐、鉢などを車窓より投棄せらるるときは線路工手其の他の者負傷の虞がありますから腰掛の下に御置き下さい」
縦二寸五分 横一寸五分
・ここでは、車窓からゴミの投捨てを禁じる「注意書き」を、付箋に記して掛紙に貼ることと定めています。

上記で定められた事柄が、どのように掛紙に反映されていたのかを、先に紹介した大津駅の掛紙で整理すると下記の画像のようになります。

私達がコレクションの1枚として、あるいは駅弁の歴史を語る資料として何気なく眺めている掛紙にも、これだけ多くの規則が反映されているのです。
ただし、これらのうち第五十四條に記された等級による紙色の使い分けについては、守られることが少なかったことが、残されている掛紙から知ることができます。
この色分けは、誤販売防止のためと思われますが、実際は掛紙上に等級や価格が明示されていることから、現場(駅弁業者・鉄道職員)の間では、慣例的に問題視されなかったものと考えられます。

弁当の包み紙である掛紙にも、これだけの規則があったとは驚きです。