掛紙の復刻と木版画

with コロナと駅弁
終息するどころか、猛威を振りまき続けるコロナ。
それに伴い、我々の生活も多くの部分で一変してしまい、例えば飲食や旅行など、人と接触したり移動を伴う行動は、著しく制限を受けることとなってしまいました。

鉄道旅行では、列車高速化のあおりを受けて、以前よりも大幅に食を楽しむ機会が少なくなってしまいましたが、それでも車内で食べる駅弁は楽しみの一つ。
特に特殊弁当には「ご当地もの」が多く、普段は味わうことができない、非日常的な味わいを楽しむことができます。

そんな駅弁もコロナ下では、食べる方は旅行する機会がないし、作る方は食べてもらう客がいない。
と、どちらにとっても不幸なことになっています。
そこで一計を案じた幾つかのメーカーが冷凍駅弁を開発し、駅弁の通販を始めています。
今回ご紹介する東海道本線静岡駅の東海軒もそうした一つで、看板商品の「元祖鯛めし」の冷凍駅弁を開発しました。
と、まぁ冷凍駅弁だけなら特段珍しいわけではないのですが、販売開始から120年以上も続く「元祖鯛めし」は、「冷凍駅弁だけではつまらん!」ということで、掛紙の復刻、しかも現代のオフセット印刷ではなく、手彫木版による復刻という、今までに聞いたこともない方法で掛紙を作ってしまいました。

掛紙の印刷
最初の頃の駅弁に掛紙が有ったのか、無かったのか定かではありませんが、現在でも比較的目にすることができる明治20年代〜30年代頃の掛紙は、木版により印刷されています。
例えば、画像1左の掛紙は東北本線宇都宮駅で構内営業を行なっていた白木屋ホテルの「御べん當」の掛紙で、瓢箪とモミジの葉を図案とした木版多色刷りのもの。
画像1右の掛紙も木版によるもので、三盛軒(東海軒)が明治39年頃に使用した「御弁當」の掛紙。この掛紙には安倍川や久能山、今川義元古跡などが紹介されており、掛紙に観光名所案内が取り入れられた初期のものとして、掛紙史上貴重なものです。
木版印刷よりも精緻な印刷が出来る、西洋由来の石版印刷による掛紙が現れるのは、明治40年前後のことで、以後は急速に木版印刷による掛紙は衰退して行きます。

画像1

日本の伝統文化「木版画」
初期の掛紙にも使われた木版印刷。
この印刷技術が日本に伝えられたのは、古くは平安時代と言われており、その背景には経文(お経)の印刷という仏教文化が大きく関わっていました。
時は過ぎ、木版印刷が人々の間で大きく花開いたのが、江戸時代の浮世絵版画。広重や北斎、写楽などの名前は日本人ならば誰もが知っていることでしょう。
筆で絵を描く肉筆画ではコストが高くなりますが、木版画ならば原版を彫ってしまえば、同じものを多量に摺ることが出来るので、1枚あたりも安価になります。
また、芸術性の高い木版画は現代でも人気が高く、川瀬巴水や吉田博など大正〜昭和に活躍した作家は海外にも収集家が多く、アップルの創立者であるスティーブ・ジョブスは川瀬巴水の、ダイアナ妃は吉田博の作品の収集家として有名でした。
こうした日本を代表する芸術性の高い木版画が、明治時代の駅弁の掛紙に使われていたなんて、ちょっとスゴイと思いませんか?

これまでとは違う復刻掛紙
駅弁の復刻掛紙は、これまでにも様々な機会に行われてきました。
しかし、その全てが過去の掛紙を現代の印刷技術で複製したもので、復刻とは言いながらもクオリティの点で、どこか違う感が漂うもの。
特に紙質の違いから来る刷り上がりの印象は、オリジナルの掛紙を知っている者からすると、全く別物の感じをいだくものでさえありました。
今回、復刻掛紙を製作した藤澤萬華堂は明治の初めに木版画の版元として創業した老舗として、現代に至るまでその技術を継承している京都の老舗。
画像2は、今回の復刻掛紙に採用した掛紙で明治39年頃に使用されていたものです。

画像2

この掛紙を元に、復刻で使用する版木を彫刻している様子が画像3になります。
現代の写真製版とは違い、画線の一本一本を彫刻刀で彫っていくわけですが、その様子は「駅弁屋の声」の中の「東海軒 木版掛紙復刻編」で動画を見ることができますので、そちらをご覧下さい。

画像3

もちろん、彫った後の印刷も一枚一枚、職人さんが摺るわけですから、彫師と摺師、両者の腕が良くなければ、良い作品にはなりません。
まさに芸術の領域で、ここが今回の復刻掛紙が、今までのものとは全く異なる点と言えます。

駅弁×木版画
画像4は、静岡駅で買うことができる「元祖鯛めし」。

画像4

今回は、これが冷凍駅弁となりました。開発した方々からお話を伺うと、試行錯誤の上、駅売りのものと味、質感ともに同等の品質を誇るものを作り上げることができたとか。
今回は、この冷凍駅弁に木版復刻掛紙をセットにして、クラウドファンディングの形で販売となるそうです。
クラウドファンディングの期間は、令和3年9月10日〜10月29日を予定されているとのことなので、URLは追記という形で、本稿でお知らせいたします。

駅弁と掛紙をキーワードに、東海道本線で結ばれた(東海軒=静岡駅、藤澤萬華堂=京都駅)創業100年越えの老舗企業が手を結んだ、今までにない試み。
駅弁は日本の食文化、木版画は日本の芸術文化をともに代表するもの。
今回の試みは、こうした日本の伝統文化を発信する、一つの新しい形と言ってもよい企画ではないでしょうか。
更に、この先一歩進んで海外に日本文化を発信する一つのツールとなると、また面白い展開が開けるのかも知れません。

いよいよ始まったクラウドファンディングはココをクリック!