2017年駅弁大会復刻掛紙


新竹
松阪駅 御弁当

明治27年11月、参宮鉄道株式会社の許可により構内営業を始め、昭和9年からは車内販売も行っていた。
掛紙は昭和戦前期の特徴をよく表しており「岩内弁天池」「松阪公園」「本居宣長の鈴廼家」などの名勝旧跡をイラストで表し、左上には駅からの距離を記している。
新竹が、日本で初めての「牛肉弁当」を商品化したのは昭和34年7月であり、値段は「うなぎ弁当」と同じ150円であった。
 
 
 

東海軒
静岡駅 元祖鯛めし

明治22年加藤滝蔵により創業。
明治33年4月〜大正3年3月までの間は三盛軒と称していたが、これは加藤竹次郎・大石某・近藤某の三氏による共同経営によるもので、加藤竹次郎が代表を務めていた。
大正3年4月より同8年4月までは、加藤竹次郎、田中富次郎、平尾久晴の三者共同経営であり、この時に初めて東海軒の名称を使用し、現在まで社名としている。
東海軒の看板である鯛飯は、明治30年の発売。甘鯛を煮てソボロ状にしたものがオリジナルで、子供にも食べやすい駅弁を模索していた中から出来上がった弁当であった。
鯛飯誕生の経緯は『東海軒繁盛記』(昭和51年)に詳しい。
 
 
 

まねき
姫路駅 上等御弁当

明治22年に山陽鉄道株式会社の許可を得て、姫路駅にて弁当、お茶の立売営業を開始した。
本掛紙は、昭和初期の上等弁当に使用されたものであり、姫路城天守閣が大きく描かれている。姫路城は、戦前・戦後の時を超えて姫路のシンボルである。
当時の上等弁当は、ご飯が入った折箱と、おかずが入った折箱の二段重ねの弁当であり、内容も鉄道当局から細かく指定されていた。